オニヤンマの旅立ち
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ヤンマは子どもの頃憧れの的だった。
オニヤンマはギンヤンマとならんで最も人気が高かった。
巨大な緑の目をぐりぐりと動かしながら悠然と下界を睥睨する。
黄と黒の虎模様のしっぽが威張っている。
男の子なら誰しも手に入れたいと思ったものだ。
飛ぶコースがほぼ決まっているので補虫網をかまえて待ち伏せる。
けれどもあっさりかわされてまるで相手にされない。
しばらくするとまた同じコースにやってくる。
夢中で網を振り回し、いちども成功したためしはなかった。
オニヤンマは成虫になるまで2年以上かかるという。
幼虫は水底の泥の中に潜んで獲物を待ち、
獲物がやって来ると鋏を伸ばして捕食し太い顎で噛み砕く。
そんな生活を何年か続けてようやく地上に姿を現す日がやってくる。
まだ薄暗い早朝の初夏の光がかすかに射す中を
泥にまみれたヤゴははい上がってくる。
暗い水中の生活からすれば、この地上の明るさはどんなだろうか。
幼虫は足場を確保して一息つく。
やがて音を立てて背が割れていくのを知る。
いよいよ成虫への旅立ちの時だ。
ゆっくりと慎重に殻を脱ぐ。
抜け殻をしっかり掴んだまま総身に力が漲ってくるのを待つ。
朝日が昇り出す頃、オニヤンマは空の王者となって
一直線に力強く飛び立つ。
この日をずっと待っていたんだ。